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どこかの大学職員のブログ

私立大学における小学校教員養成の“存在感”

 

私立大学の小学校教員養成への参入:教員養成分野の抑制策撤廃

 文部科学省によれば、2020年4月1日時点で小学校教諭一種免許状の認定課程を有する大学数は国立大学で52、公立大学で5、私立大学で191大学あります[1]。その数の変化に着目すると、国公立大学は10年以上ほぼ横ばいなのに対し、私立大学は2005年以降増加を続け、2020年までの15年間で4倍程度に増加しています。その要因としてどのようなことが考えられるでしょうか?また小学校教員養成に新規参入した私立大学にはどのような特徴があるでしょうか?

 

 かつて、教員養成分野は人材養成の量的抑制策が敷かれていました。1984年6月に大学設置審議会大学設置計画分科会が報告した「昭和61年度以降の高等教育の計画的整備について」において、教員養成学部等の新たな設置を認めない方針を出しました。

 

計画的な人材養成が必要とされる分野のうち、医師、歯科医師、獣医師、教員及び船舶職員の養成についてはおおむね必要とされる整備が達成されているので、その拡充は予定しない

(太字強調は筆者)

 

 この方針が、長らく私立大学の小学校教員養成への参入を阻んでいました[2]。2001年12月の総合規制改革会議第一次答申では、競争原理導入による質向上を目指し、事前規制を緩和すべきという方向性を打ち出しますが、2002年8月の中央教育審議会答申では、教育条件の低下を招く恐れもあるため、慎重に対応すべきとこれに応じます。同年12月の総合規制改革会議第二次答申はさらに強い調子で抑制策撤廃を迫り、2005年1月の中央教育審議会答申において、抑制の必要性について個別に検討を加えていく必要があるとして、撤廃へ踏み出す姿勢が示されました[3]。この流れを受け、2005年3月に教員養成系学部等の入学定員の在り方に関する調査研究協力者会議が提出した「教員分野に係る大学等の設置又は収容定員増に関する抑制方針の取扱いについて(報告)」において、次のように述べられます。

 

高等教育における今後の国の役割が「高等教育計画の策定と各種規制」から「将来像の提示と政策誘導」へ移行していくという流れや、教員需要に関し、全国的に見て今後増加傾向となることが見込まれること、かつ一部地域では既に教員採用者数が急増している現状などを考慮し、教員分野に係る大学・学部等の設置又は収容定員増の抑制方針については、この際撤廃することが適当である。

(太字強調は筆者)

 

 これにより、約20年にわたる抑制策は撤廃され、私立大学の小学校教員養成への参入が始まります。

 

小学校教員養成へ新規参入した私立大学の特徴

 それでは、どのような私立大学が小学校教員養成に新たに参入したのでしょうか。

岩田(2018)[4]は、抑制策撤廃後に新規参入した私立大学を、大学の学士課程の設置年度別に整理することで、そのうち約4割が学士課程を設置してから20年以下の、歴史の比較的浅い大学であることを指摘しています。

 また、村澤(2015)[5]は、Generalized Linear Mixed Modelという統計解析モデルを用いて、参入メカニズムを検討しています。分析の結果、次の4点を指摘しています。

 

  1. 経営悪化の打開策としての参入:医歯薬系に比べれば設備投資が安価で、法曹のように資格取得のハードルは高くはないが、れっきとした専門職資格を「売り」にできるため。
  2. 学齢期児童数が多い都道府県にある大学ほど参入確率が高まる。
  3. 偏差値が50は越えるが最大値にまでは達しないようないわゆる非研究大学の参入が多い。
  4. 新規参入が効率的な最適解かは必ずしも考慮されておらず、「他大学がやるからうちも」というような同調的・横並び的な行動として選択された。

 

国立大学における小学校教員養成との比較

 現代に戻って、もう少し基礎的な情報を整理し、国立大学の小学校教員養成課程と比較したいと思います。

入学定員

 脚注に記載した文部科学省ホームページの「令和2年4月1日現在の教員免許状を取得できる大学」をもとに、設置形態別の入学定員を整理しました。

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小学校教諭一種免許状の認定課程をおく大学数とその総入学定員

 

 国立大学の総入学定員数11,314に対し、私立大学は20,959ですから、私立大学の方が約1.8倍多いことがわかります。全体に占める私立大学の割合は約64%です。ただし、小学校教員養成を行う学部学科は「教員養成を主たる目的とする学科等」[6]でなければならないとされていますが、卒業生全員が必ずしも小学校教員免許状を取得するとは限らない点には注意が必要です。

 

教員免許状の取得

 では、出口として、小学校教諭免許状の取得者数についてみていきます。文科省が毎年大学に対し「教員免許状取得状況調査」を実施していますが、結果が公開されていないため、教育委員会に対し実施している「教員免許状授与件数等調査」の結果を見ていきます。

www.mext.go.jp

 2019年度における大学等における直接養成(免許法別表第1)による授与件数は小学校一種免で22,868件、二種免で2,364件です。一種免について、上の表の総入学定員比でみると約7割の学生が卒業時に小学校教諭免許状を取得していることになります。ただ、残念ながら本調査結果からは、免許状を授与された者の出身大学とその設置形態が分からないため、国立と私立の比較をすることはできませんでした。

 

教員採用数

 出口の別の観点から、実際の教員採用数はどうなっているのかみていきます。同じく文科省が実施している「公立学校教員採用選考試験の実施状況調査」のデータを用います。

www.mext.go.jp

 本調査では、採用者数[7]の学歴(出身大学等)別の内訳を出しています(第6表)。内訳は、「国立教員養成大学・学部」「一般大学・学部」「短期大学等」「大学院」に分かれています。正確ではないのですが、国立と私立の教員採用数を比較するため、ここでは一つ目と二つ目の区分を用います。正確ではない、というのは「一般大学・学部」には国立8大学[8]公立大学が含まれるためです。ただし、これらの大学の入学定員数はさほど大きくないため、強引ですが「一般大学・学部」の中に丸め込んでしまいます。2020年(2019年度実施)では、国立教員養成大学・学部卒業者の採用者数は5,129人(30.7%)、一般大学・学部卒業者の採用者数は10,297人(61.7%)ですから、教員採用数をみてもやはり私立大学の存在感は大きいものが分かります。

 

おわりに

 小学校の認定課程に占める私立大学の割合は約64%、2020年の教員採用数に占めるそれは約62%ということで、いまや我が国の小学校教員養成は私立大学がその中心を担っていると言っても過言ではないのかもしれません。しかし、公立小学校の教員需要は少子化等の影響を受け、今後も減少が続くことが報告されています[9]ので、大学の経営理念、人材育成理念に初等教員の養成をどう位置付けるのか、単に学生募集のための「売り」ということではなく、考える必要があるのかなと思います。

 

[1] 「令和2年4月1日現在の教員免許状を取得できる大学」 https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/kyoin/daigaku/1286948.htm

[2] 国立大学においては、教員以外の職業分野の人材の養成等を目的とした課程(=新課程、ゼロ免課程)を設置し、そちらに教員養成課程の定員を振り替えることで量的抑制に対応しました。

[3] これらの経緯は以下に詳しくあります。岩田康之・米沢崇(2019)「「開放制」原則下の規制緩和と教員養成の構造変容(2)―教員養成分野に関わる抑制策撤廃の経緯と課題―」,教員養成カリキュラム開発研究センター研究年報,18,29-35.

[4] 岩田康之(2018)「「開放制」原則下の規制緩和と教員養成の構造変容(1)―2005年抑制策撤廃後の小学校教員養成の動向と課題―」,教員養成カリキュラム開発研究センター研究年報,17,49-56.

[5] 村澤昌崇(2015)「小学校教員養成を担う大学の特性」,大学教育の組織的実践―小学校教員養成を事例に―(高等教育研究叢書129),19-38.

[6] 教育課程全体における教員養成に関する科目の占める割合が高く、卒業要件における免許状取得や取得に係る科目履修の位置づけが明確になっている学科等を指します。その他、学科名称、設置理念、学位又は学科の分野等によって総合的に判断されます。

[7] 新規学卒者だけでなく、既卒者(教職経験者、民間企業等勤務経験者 等)も含んでいます。

[8] 教員養成学部からいわゆる開放制学部に改組した山形(80)、福島(260)、富山(80)、神戸(50)、鳥取(55)と旧高等師範学校を母体とする筑波(15)、旧女子高等師範学校を母体とする奈良女子(12)、お茶の水女子(40)の各大学。括弧内の数字は小学校教員養成課程の入学定員。

[9] 国立教員養成大学・学部、大学院、附属学校の改革に関する有識者会議「教員需要の減少期における教員養成・研修機能の強化に向けて」(2017年8月29日)

https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/koutou/077/gaiyou/1394996.htm