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どこかの大学職員のブログ

インストラクショナル・デザイン(ID)の理論は課程認定申請業務に活用可能か?

 

インストラクショナル・デザイナーの業務

 日本私立大学協会の機関紙『教育学術新聞』の特集記事に「インストラクショナルデザイン FD担当者のID的基礎とは何か」(鈴木克明/熊本大学教授システム学研究センター教授)があります[1]。記事では、FD担当者とインストラクショナル・デザイナー[2]の業務遂行上の類似点を指摘し、FD担当者に役立つID理論を紹介するとともに、「FD担当者の学問的基盤としてID的基礎を身につけることが広範囲の領域の教員と互角に渡り合い、また大学経営陣にも納得のいく形で組織レベルのFDを推進していくために有用」だと主張しています。

 鈴木先生によって整理された「業務遂行上の類似点」は以下の6点です。

  1. 教育活動を間接的に支える支援者であり、直接手を出せない。
  2. TOT(Trainer of Trainer)と呼ばれる立場にある。
  3. 内容の専門家(Subject Matter Expert:SME)との共同作業により幅広い内容領域の教育に関与する。
  4. その都度SMEからヒアリングして教育内容を素人ながらに(あるいは、素人の利点を生かして学生の立場に身を置きながら)把握する。
  5. 学習者の特性と教育内容の特徴と教育環境の制約条件を考慮した最適解を提案していく。
  6. 個別の科目(あるいは更に毎時間の授業)からカリキュラム、組織のレベルまで重層的に取り組むべき課題がある。

 

 2.を除き、これら業務の特徴は課程認定申請業務(もっと広く「教務事務全般」と言ってもいいかもしれません。)にも当てはまるのではないでしょうか。一つ一つ考えてみたいと思います。

 

IDと課程認定申請業務の類似点

教育活動を間接的に支える支援者であり、直接手を出せない。

 教員養成教育を担当するのは言うまでもなく教員です。職員は免許法や課程認定基準等の法令等に則り、教育内容や教員組織の整備を支援し、文部科学省への申請書類作成を主に担当します。そういった意味では「間接的に支える支援者」といえるのではないでしょうか。

 

内容の専門家(Subject Matter Expert:SME)との共同作業により幅広い内容領域の教育に関与する。

 教職課程と一口に言っても学校種(幼小中高特)、教科(国数英理社…)、免許種(一二専)は様々で初等中等教育の幅広い内容を扱います。教員免許状に定められることとなる教科については、中学校で14、高等学校で23もあります。教員の専門分野も教科専門、教科教育、教職専門とさらに分かれるため、非常に広範囲の学問分野、教育に関与することとなります。

 

その都度SMEからヒアリングして教育内容を素人ながらに(あるいは、素人の利点を活かして学生の立場に身を置きながら)把握する。

 申請に際し、教員が作成したシラバスの中に教職課程で取り扱うことが必要な事項が含まれているか、一般的包括的科目[3]の場合には、その科目の学問領域を大まかに網羅した授業計画となっているかを確認する必要があります。確認する際には、あらかじめ当該教科の学習指導要領を確認し、単元構成や指導内容を把握した上で教員にヒアリングを実施し、授業計画を一緒に検討していきます。

 

学習者の特性と教育内容の特徴と教育環境の制約条件を考慮した最適解を提案していく。

 具体的な教員養成カリキュラムの履修モデル(様式第7号ウ)を作成する際には、学位プログラムの順次姓・体系性や学生の単位取得状況等を踏まえ教育内容や配当年次を検討しなければなりません。また、実験や実習を取り扱わなければならない教職課程の場合には、学内の施設・設備が十分であるか、不十分な場合には今後整備することが可能かを検討し、教育内容と教育環境整備(学内予算)のバランスを考慮し、新教育課程の開設に向けた提案を行っていく必要があります。

 

個別の科目(あるいは更に毎時間の授業)からカリキュラム、組織のレベルまで重層的に取り組むべき課題がある。

 教職課程はそれ単体で存在するものでなく、あくまで学位プログラムの中に位置付けられるものとなります。したがって、学位プログラムと教職課程の体系性や、学科で養成する人材像と教職課程で養成する教員像の関係についても十分考慮しなければなりません。

 

課程認定申請業務の理論的根拠をIDに求めてみる

 ここまで、IDと課程認定申請業務の類似点を確認しました。類似点があるということは、課程認定申請業務担当者にもID理論を踏まえた業務実施が有効である、と考えることができそうです。

 例えば、課程認定申請業務では一度経験してみないと分からない暗黙知が多くあります。学科等の目的・性格と免許状との相当関係は十分か…、このシラバスで一般的包括的内容は満たせそうか…、これらの研究業績で教員審査は可となりそうか…、申請書類のどこを中心的に見られるのか…。毎年ルーティーンで実施する業務ではないですし、数年おきの人事異動もあると、形式知化することすら難しい業務です。また、本業務の経験が豊富な職員がいても(個人知はあっても)、当該職員の持つ知識を係内、課内で共有する(組織知化する)こともまた難しいのが実際です。こういった状況に対して、ナレッジマネジメントシステム等のID理論を活用することが対応策の一つとして考えられます。知識の検索が可能なデータベースを整備する、ナレッジコミュニティを組織する、ビジネスアプリケーションを活用する、e-learning教材を開発する…等により形式知、組織知を生み出すことができるのではないでしょうか。

 冒頭に引用した鈴木先生の主張のように、広範囲の専門領域の教員と協働し、教員養成カリキュラムの改編やより一層の充実のために提案する改善策の有効性、説得力を高めるために、課程認定申請業務の理論的根拠をIDに求めてみることは、非常に重要かつ有効であるように思います。

 

 

 

[1] 2009年12月に開催された日本教育工学会研究会での発表が基になっています。発表原稿はこちらで確認できます。→ https://www2.gsis.kumamoto-u.ac.jp/~idportal/wp-content/uploads/a91219jsetkufs.pdf

[2] インストラクショナル・デザインとは、「教育活動の効果・効率・魅力を高めるための手法を集大成したモデルや研究分野、またはそれらを応用して学習支援環境を実現するプロセス」(鈴木2005)のこと。インストラクショナル・デザイナーは、それを担当する人。

鈴木克明(2005). e-Learning 実践のためのインストラクショナル・デザイン, 日本教育工学会論文誌29(3),197-205.

[3] 「その科目の学問領域をおおまかに網羅するものであり、特定の領域に偏っていない内容」(課程認定申請の手引きQ&A)を扱う科目。